屋形船は乗る人を優雅な気持ちにさせてくれる至上の娯楽といえます。
現代においても忘年会をはじめとした様々な宴会で利用されますし、
皆さんの中にも乗ったことがあるという人がいるかもしれません。
現代まで屋形船が引き継がれてきたのは、最盛期である江戸時代に屋形船が発展したからです。
今回は、なぜ江戸時代に屋形船が発展したのかについて詳しく見ていきましょう。
江戸時代とそれ以前の時代に関しては、最も大きく違う事柄が存在します。
それは陸上や海上における交通網の整備です。

政治の中心である江戸や天下の台所ともいわれた大阪、
そして朝廷がある京都などの大都市を結び道が徹底的に整備されました。
東海道五十三次やお伊勢参りなどを見てもわかるように、
旅行が市民の娯楽となるような時代になっていたのです。
江戸時代は海上運送が発展した時代でもあります。
大阪から江戸を結ぶ菱垣廻船や樽廻船といった船を利用して、多くの物資を運ぶことが可能になったのです。
江戸まで運ばれた積荷はどのようにして町民に行き渡るのでしょうか?

現代のように車が無い時代において、江戸の物資運搬で活躍していたのは船だったのです。
町中に掘りが張り巡らされ、船がそこを通るのは当たり前の景色でした。
これは物資運搬だけでなく、江戸に多かった火事への対策ではないかという指摘もあります。
現代では暗渠となった河が江戸時代では船が通っていたという話もよく聞きます。
こういった背景から、江戸時代では船をより身近に感じる機会が増えていたのです。
屋形船は最初武家の嗜みとされていましたが、
時代が下るにつれて庶民でも小型の屋形船を持つ人が出てきます。
それに触発される形で屋形船を商売の場とする人々も増加したのです。

これが、現代における商用屋形船の原型といえるのかもしれません。
屋形船が時代を超えて、現代にまで引き継がれた今、その姿は最上級の娯楽として幅広い世代に楽しまれています。
屋形船で宴会を開くのはもちろんのこと、お食事はほどほどに船の外の景色を楽しむクルージング形式など、
お客を喜ばせるための工夫が施されているのです。
同じ屋形船でも昼と夜ではまるで違った景色を見せてくれることも少なくありません。
花火大会やイルミネーションなど、季節によって顔を変えるのも魅力の一つです。
屋形船を楽しむ際には、料理や宴会だけでなくその船からどのような景色が見られるのかも事前に調べておくと、
さらに有意義なひと時になることでしょう。
水上交通が発展した江戸時代で花開いた屋形船文化を皆さんも一度肌で感じてみてください。